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美容室での男性カットは違法

 3月4日に日本経済新聞で報道されたある記事で目が点になりました。それは、安倍首相が美容室で髪をカットしていることが法律違反になる、というものです。厚生労働省の見解では、「男性のパーマなどの美容行為を伴わない単純なカットは法律違反」という事です。反して女性は、美容行為を伴わないカットでも問題ないそうです。この報道で美容業界では、かなりの動揺が広がっています。というのも、殆どの業界の方はその規定をご存じなく当然のように男性のカットを行っていたようで、いまさら法律違反と言われても、と困惑しています。
 こんな当然に行っていることで他にも法令違反になるものがないか探してみましたら、結構ありました。例えば最近になって話題になり廃止することになったメール便などもそうです。そもそも信書の配達は依頼した人も罰せられる法令違反であったにもかかわらず、我々は全くその認識がありませんでした。これなどは、宅配業者側が郵便事業に対する反抗の意思表示で廃止を公表した感がありますが、現法から判断すると法律違反に違いありません。その他では資格のないものが電柱に登ると電気事業法違反、ダフ屋から定価より高いチケットを買うと物価統制法違反、ダビングしたCDなどを友人にあげたり、コピーガードされたDVDのガードを外してコピーしたら著作権法違反、馬券を頼まれて購入し、その代金を受け取っただけで競馬法違反、指定日以外にごみを出すと廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反、会社の備品購入などで貯めたポイントを私的に使用すると業務上横領罪、会社の備品を持ち帰ると業務上窃盗罪、釣銭を多く受取ったのを気づいているのに黙って受取れば詐欺罪に問われます。少し調べただけでこれだけあるのですから、我々は知らず知らずのうちに、法令違反や犯罪を行っていることがあるという事ですね・・・。

新聞投稿

 少し前にネットで話題になっている事で、新聞の読者投稿についての事がありました。
 それはある63歳の男性の投稿についてです。その投稿を要約で記載します。
・年末の混雑する新幹線に指定券を持たず乗車・自由席は相当な混雑で指定席に移動・指定席も満席だが1席だけ若い女性の隣にペットゲージが置いてある・空き席か確認したら指定券を取得しているとの事・その事に「虚を突かれた思いがした」・見渡すと多くの大人が立っている中、母親の隣で3歳くらいの男の子が座っている・「仕方なくいっぱいの自由席に戻ると」学童前と思われる子が親の隣に座っていた・「懲りもせず」空き席か確認する・親は仕方なさそうに子供を膝に乗せ、席を空けた・自分はそこに座り「居心地の悪さを感じながら、この新幹線の中での三景をどう考えたらいいのか自問した」という内容の投稿です。(「」は投稿の原文そのままです。)この投稿を読んでこれはかなり難しい問題だなと感じました。やはりこの投稿に対する意見がネット上のあらゆるところで投稿されました。それらの文面から恐らく若い人の投稿だと思われるのですが、その殆どがこの63歳男性に対する非難の文章でした。しかしこのような問題はどちらが正しくてどちらに非があるというように簡単に区別できる問題ではありません。最初の方はペットの為に高いお金を出してまで席を取っているのだから、何も言われることはないと思うのは解ります。逆にこんな混雑している状態でお金を払ったからと言って自由なのか、と言われればそれも正です。自由席に小さい子供を座らせるのを非常識と考えるのも分かりますし、ちゃんと順番に並んで席を確保したのだから座らせてもいいと思うのも分かります。
 ただ一つ言えるのは、自分も相手も居心地の悪い思いをさせてまで席を空けさせるのか、という事はあるかも知れません・・・。

T字型人間

 先日、ある国立大学の准教授と食事させていただく機会がありました。その方は以前にこのコラムでも書かせていただいた方で、お付き合いはもう20年ほどになります。毎回、お会いすると時間の経つのをすっかり忘れるほど、話し込んでしまいます。正直申しましてその方の頭の構造と私では、本当の意味で月とすっぽん以上の格差があるのですが、余りにも差がありすぎるからでしょうか、意外に話がとても合います。(合わせてくれているのでしょうが)そんな彼と地球のエネルギー問題についてや、政治問題、国際情勢、宗教に対する認識などについて、ありとあらゆる分野を私なりにとても頑張って話をしていたのですが、さすが敵は並大抵の頭の持ち主ではありません。ほぼ全ての項目で敵うものはありませんでした。私が彼に唯一アドバイスできたものとしては、彼自身の資産形成や資産運用についてでした。流石にその分野については私のほうに分がある、というより彼らはそんな発想すら全くなく、それこそ給与が幾らであるかさえも正確に知らないようで、知らない間にどんどん普通預金に貯まっているような状態のようです。そんな話をしているなかで、彼から非常に興味深い事を聞きました。それは、彼らが学生の時から教授などに良く聞かされていた言葉だそうですが、今は自身が指導的立場になって学生にその事を伝えているようです。
 それは、【T字型人間になれ】ということです。その意味は、T字の上部の横線のように、何事にも広く対応できつつも、ある分野では人よりも深い専門性を持て、ということです。確かに彼らのような頭のできが違う人種は、かなり深い専門分野を持っている場合が多く、逆にそれ以外のことには全く無頓着というか無知だったりするケースが多く、そんなバランスの悪い人間になるなということらしいのです。いや、私もT字型人間を目指して日々精進してみようと思います・・・。

人前で話す

いつも誤解される事があります。それは私だけでは無いと思いますが、大勢の人前で話すのが苦手です。良くそのように誤解された時は、いつもこう答えます。酒のんで少人数に説教たれるのは得意ですが、と。そんな私も昨年と一昨年は不動産業界のとある団体の役職をさせて頂いていた関係で、数回大変な大人数の人前で挨拶をさせていただきました。そのお陰なのか、以前に比べればほんの幾分かは苦手意識が薄れたようにも思います。人間というのは勝手なもので、自分が苦手なものでも人がやってくれる分には好きだったりして、私も講演等は機会があれば必ず行きます。そんな講演を何度も聞いていて、講師の方に共通するある点に気付きました。それは、「私がこんな人前で話するとは思わなかった」です。この人は人前で話すために生まれてきたんじゃないかというくらい、お話にグイグイ引き込まれる方でも、流暢にお話される方でも決まって言われるのが、「あんなに人前で話すのが苦手だった私が」と話されます。最初はそれを聞いて、嘘ばっかり、とか謙遜してなどと思っていたのですが、余りにも皆さんが仰るのでそれは本当の事ではないかと思うようになりました。そう考えますと、全てとは言いませんが人は皆、経験が乏しいことを苦手と意識するのであり、大概のことは経験を重ねることによって克服されるものなのではないかと。その仮説が正しければ、私が今まで信条としてきた中のひとつに、嫌なものでも一度は経験してみる、というものはどれだけ私の人生にプラスになっていた事かと思えました。これからも選り好みせず、何でもやっていきたいと思います・・・。

又甥と又姪

 毎年性懲りもなくこの年末年始で体重が増加します。今年も例外なく自分史上最高値の体重を記録しました。そうなるとそろそろ毎回挫折しているダイエットなるものを決行しなければならくなって参りました。毎回挫折しているダイエットですが、考えようによっては、もし一度もチャレンジしていなかったら、と考えると恐ろしすぎますので、全く意味の無いものでもなさそうです。
 そんな毎回変わり映えのない年末年始と言えば、親族の集合もあります。昔は皆でカードやゲームなどで夜更かしし騒いだものでした。今では甥や姪もすっかり大きくなり、昔のようにバカ騒ぎすることもなくなってきました。その代りもう間もなくするとその甥や姪、息子などが結婚することになるでしょう。実際姪の一人は昨年結婚し、今年初の又姪が誕生します。そうなると孫や又甥、又姪などが次々と誕生していくことになります。私には息子と甥、姪を合わせると10名います。更に妻側に義弟妹が2人、甥姪が2人います。近い将来それらが結婚し、子供が誕生すればそれはそれは凄い人数になることは明白です。もし万一それらが一堂に集合する機会があったとすれば、と考えるだけで、人が集まるのが好きな私としては胸が躍らずにはおられません。その兄弟や甥姪などの人数は今現在で25名います。もし兄弟と息子、甥姪が全て結婚したと想定しますと総勢38名になります。更に息子、甥姪が子供を一人生めば50名になり、仮に二人づつだと62名、頑張って三人づつだと74名と、およそ何の集まりかわからない大人数の集合体になります。
 しかし良く考えますと、それらが一堂に集合する機会というのは、特別に招集をかけない限りおおよそ良くない集まりの時になりますので、期待はしない方が良いかもしれませんね・・・。 

300話記念

 新年明けましておめでとうございます。旧年中はひとかたならぬご贔屓を賜り、心より御礼申し上げます。本年も引き続きご贔屓を賜りますよう心からお願い申し上げます。
 昨年末も例年通り当社の年末のお休みは、12月24日からお休みをいただき、およそ12日間お休みさせて頂きました。それは以前にも書かせて頂きましたが、弊社の社員は普段に沢山の方がお休みされる期間に働かせて頂いているものですから、年末年始の休みだけは皆さんよりも沢山休ませて頂こうと、何年も前から同じ休みを頂戴しています。そんな長期な休みを過ごしていますと当然にも仕事始めが辛いことが多く、特に年末の時点ではまだまだ時間がある為に心のゆとりがあるのですが、正月を迎えますとやらない事も沢山ある為ではありますが、一気に休みが終わってしまいます。そして新たな年を希望をもって迎えることになるのですが、実際はそんな気持ちはすぐにどこかに飛んでいき、普段と同じ生活へと突入していきます。しかしここは新年1回目また掲載を始めてから300回目の「ちょっと一息」の記念として希望に満ちた言葉を発してみたいと思います。
 バブルがはじけて以降、その時々に少し上向きの経済が見えてきたと思えば、リーマンショックや大規模災害などを経験し足元を挫かれ、また出口の見えない不況により大手企業以外は経済状況が悪化の一途を辿ってはいます。そんな中、少なからず海外を俯瞰から見てきた私の今の正直な思いとしては、国民が芯の太い実体経済の成長が実現されることを心から信じ、一人一人がその思いをもって行動すれば、勤勉で、まじめで、秩序ある日本人であれば必ずこの経済状況を克服できると、私は確信をもっています。要は一人一人の思いの強さと行動が現実を引き寄せることになるのですから・・・。 

299話目のちょっと一息

 早いもので、とうとう今回で今年最後の「ちょっと一息」になりました。
 このコラムは2週間に1度掲載させていただいていますので、1年間で26話掲載させていただいている計算になります。そして掲載を始めてから現在データが残存し、数えられるコラムの数が今回の掲載で299話目となり、新年の第1号が300号になります。当初は広告予算の関係から、月1回程度の掲載しかしていませんがこの13年間、これだけ飽き性の私でも勝手な使命感を作り上げればこんなに長続きすることもあるんだと、自画自賛したりします。思えば私の人生の中で、これほどまでに長く続いたことが他に何があるかと考えますと、意外にも結構ありました。新聞配達などは10歳から始めて19歳までの9年間続きました。しかし、9年間と言えどもその回数にすればコラムよりも多くこなしてはいます。野球にしてもそうです。中学と高校の6年間ですが、新聞配達よりももっと長い時間活動していたので、時間にすれば長くこなしてはいます。時間でいえばこの会社を始める前は、一つの会社で約14年間在籍していましたので、期間的にも時間的にも一番長く続いたと言えます。そんなことを考えていますと、一番長く続くというのは一体何を基準にすればいいのか迷います。一般的には期間の事を指しますので、一番長く続いたというのは、日数や年数で計ります。ただ、先述のように関わる密度が違うものを比較するには、「一番長く続く」という一般の基準は当てはまりません。では誰にも疑う余地なく一番長く続くものは何か、と考えてみましたら、一つだけありました。それは自分自身です。それは努力を伴わないものかもしれませんが、好きであろうが嫌いであろうが自分は死ぬまで続きます。
 そんな本当にどうでもいいような事を書いていましたら、今年最後の「行」を迎えてしまいました・・・。 

2014解散総選挙

 早いものでこの週末を開けますといよいよ暦は師走に入り、ショッピング施設はもとより街中でクリスマスに向けたイルミネーションが施され、否が応でも年末を感じられずにはいられない季節がやってきます。その慌ただしさを感じる年末が近づいてきたこの時期に、全く理解できない衆議院の解散総選挙が迫ってきました。今回の解散に限らず、小学生でも騙されないような子供だましの判断で解散総選挙を行い、総額700億とも言われる大切な血税を使うという愚行を繰り返しています。ただでさえ景気が良くなく、任期のちょうど半分しか経過していないこの時期に、自分達のこれからのたった4年間の保身の為にこんなに多くの税金を使うことに何の躊躇もないのでしょうか?
 しかしそれを許しているのは他でもないその税金を支払っている我々一般の有権者です。こんな子供だましの判断をしている政治家や政党に対し、有権者は相も変わらず同じ政党や政治家を選んでいる為に、その選ばれる側の政治家は、自分たちが何をしてもまた選んでくれるだろうという安心感があるからこんな無駄をできるのであり、もし選んでくれないという不安があればこんな子供だましは行えるはずがありません。そうは言っても、最近一度違う政党が政権を取りましたが、結局は元々の政党が行っていたよりも状態が悪くなることもありました。しかしそれは戦後一度も政権交代をしなかったツケが結果として現れたのであり、過去からもっと色々な政党が政権を取るような状況が作り出せていれば、結果は違ったものとなっていたと思います。ですから、これからの政治は、当社の社訓ではないですが「ちゃんとする」事をしない政治家や政党は直ぐに淘汰されるような状況にしなければ、いつまで経ってもこんな子供だましの無駄が続く事になるのだと思います・・・。

「の」の字

 私は最近、殆ど電車に乗らなくなりました。というのも名張市という車社会に慣れてしまうと、スーパー等に買い物に行くときは勿論の事、コンビニへ行くにも車で行くことになりますので、出かけるときは必ず車がつきもの、という感じになりました。その為大阪に行くときも、京都に行くときも、ましてや関東に行くときでさえも自分で運転したほうが楽という感覚になっていますので、遠方で社用の飲み会があるとき以外は、常に車で出かけるという感じです。ですから会社勤めの頃を思い出しますと、毎朝6時の電車で名張から大阪までよくも毎日普通列車で通えていたなと感心したりします。それに加え通勤時間の地下鉄は、本当にギュウギュウ詰めの状態で、カバンなどは抱えていないと人の流れでどこまで腕が引っ張られる分からないくらい大変な思いをしました。
 そんな中ふと思い出したのが、ある時直行で会社とは違う所に行く時に普段と違う路線に乗っていたのですが、私の臀部あたりに「の」の字を指で描かれているような感触がしたのでドアが開いた時に後ろを振り返ると、何と50過ぎのオジサマが私の臀部を人差し指で「の」の字を描いているではないですか!それを確認した私は、気持ち悪いとか、腹が立つとかの感情ではなく、ものすごく可笑しい感情がこみ上げてきまして、一人前を向いて笑いをこらえていたことを思い出します。こんな事も私が20歳前半といえども男性だったので、本当に笑い事で済まされますが、これが女性だったら笑い事では済まされません。正直毎日同じ電車に乗っていますと気づくのですが、人に押されるのを良い事に必ず女性に引っ付いていく不審な挙動をする同じオジサマがいまして、何度現場を押さえてやろうかと思い近づいたりしましたが、余計な事をして逆に私が冤罪をかけられる危険性も感じましたので、途中で諦めた事もありました・・・。

クライマックスシリーズ

 先週、日本シリーズでソフトバンクがタイガースを制し、日本一に輝きました。リーグでもソフトバンクは優勝していますので、これで実質的に日本一のチームとなったわけです。私は、以前にも書かせて頂きましたが、中学高校と野球漬けの日々を過ごしてきましたが、正直申し上げまして、プロ野球というものに全くと言っていいほど興味がありません。その為、どこが優勝しようが全く興味はないのですが、敢えて言うならばタイガースが優勝すれば異様に関西の景気や元気が盛り上がるので、他のチームが優勝するくらいだったらできればタイガースが優勝してほしい、くらいの興味具合です。そんな興味程度の私ですが、最近のプロ野球の制度であるクライマックスシリーズについては少し違和感を覚えます。
 このシステムが採用された2007年当時は敗者復活戦ともいえるこの制度は、かなり画期的なシステムだと感じました。優勝できなくても2位や3位になるのはそれなりに頑張らないとなれませんのでそれまで一生懸命戦ってきてそれなりの成績を残した者にも再度チャンスを与えましょうという事です。しかしこれを逆によく考えますと、最後の最後まで頑張らなくても、何が何でも1位を取らなくてもいい、という考え方にも繋がります。物事には頑張ることが重要で、結果は二の次という考え方があります。それは人が生きていく上で、非常に重要な考え方です。しかし、「プロ」という肩書のある人たちに、その考え方を採用するのは如何なものでしょうか。
私個人としては、「プロ」というのはどれだけ努力しようが、どれだけ人よりも時間をかけようがそんなことは全く関係なく、「結果」を求められるものだと思います。プライベートや学生時代であれば努力したことで許されるものでも、どもようなプロであれプロである以上、甘んじていてはいけないといつも感じています・・・。